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| 2005年3月31日(木) |
| もうすぐ春ですね |
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ようやく花粉症に悩まされ始めた。毎日鼻水と目のかゆさに苦闘することになった。大変だ。
昨日は陽気の良さに誘われて、多摩動物公園に行った。子ども連れの親子が沢山来ていた。水族館とはまた違ったなごみのひとときを過ごさせてもらった。
三月も終わって明日からいよいよ四月。またいろいろな意味で気を引き締めて行かねばと思わさせられている。
直子が、イースターは香港で過ごして、とってもよかったと電話をしてきた。イースターを香港の教会で、英語のミサと中国語のミサに出たという。よかった。広州から香港まで一時間半くらいだそうで、朝早めに出ればミサの時間に間に合うので行きたいと言っていた。感謝なことだ。
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| 2005年3月28日(月) |
| 雨の中春を見に |
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ここ数日、暖かい日が続き春が来た感じ。イースターも過ぎて、少し遠出して春を見ようと南房総に行くことにした。
しかし朝から雨だったが、思い立ったので出かけることにした。いつものように母さんの儀式がすまないと出かけられないので家を出たのは10時。東京アクアラインの「海ほたる」で食事をして、「南房パラダイス」という花の園に着いたのが3時半頃。でもいっぱいの花を見て心和ませてもらった。その時の写真などは写真集で。
帰りは金谷港からフェリーで横須賀に出て16号で帰ってきた。
金谷港からの東京カーフェリーは、ずっと昔に望、直子たちと房総の海岸でキャンプをしたときの帰り、このフェリーで帰ったのですが、母さんは覚えていないそうです。
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| 2005年3月20日(日) |
| 福岡に地震 |
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今朝10時30分頃、玄界灘で震度7の地震があって、福岡・博多は大変だった。これまで福岡で地震なんてあまり聞いたことがなかった。
福岡のおばあちゃんのところに電話をすると金山団地の家は小さなものが転がったくらいで、おばあちゃんのところは、被害はないと聞いてほっとした。
でも、信行のところは部屋の中がめちゃくちゃだと聞いて電話したが混雑していてつながらなかった。夜、信行から電話をもらって様子を聞いた。
車で出かけていたところで地震に会い、車が跳ね上がって蛇行したと言っていたから相当な震度だったのだなと知った。啓介の家もひどかったようだ。
すぐに教会関係のメールで、福岡の教会の様子が知らされ、西南教会では地震があったとき、すぐ外に出て松林で礼拝をしたとあった。でも感謝なことであった。
信行の話によれば、阪神地震の時と違って木造の家屋が少なく、福岡はビルが多かったので火災だけは出なかったの幸いであったというが、たしかに福岡はビル街になってしまったようだ。
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| 2005年3月15日(火) |
| パピルス |
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今日は少し暖かくなったので、用件を済ましてどこか散歩に出かけようと思った。母さんが友人と田園調布で会うといって出かけたので、昼食をしがてらと思ったが、思ったより風があって暖かそうで寒い。それでドライブとした。
遠出も面倒なので、近場で「東京都薬用植物園」に出かけた。何年か前にも冬場にここに来たことがあったが、やっぱり冬場は薬草はまだ芽も出していない。でも梅がいい匂いをさせていた。
温室の中を散策していて「カミガヤツリ」という葦をみつけた。説明にパピルスの原料と書かれていた。最初の聖書はこのパピルスで出来た紙に書かれたと言うことを思い出して感慨深かった。
さあ帰って、明日の「オリーブの会」のお話の原稿を書き上げなくては。
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| 2005年3月12日(土) |
| 雨ニモマケズ |
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宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩はだれでも知っている。平和幼稚園で園児たちが素読をしていた。
この人物のモデルが斎藤宗次郎ではないかといわれている。斉藤宗次郎は宮沢賢治と親交があった人物ではあるが、内村鑑三の弟子としてその信仰に生き抜いた人物である。クリスチャンとしてひどい迫害を受けてきたが、誠実に生きてきた彼の生き様が花巻の人たちが認めるところとなり、「名物買うなら花巻おこし、新聞買うなら斎藤先生」と言われるまでになった。
宮沢賢治は宗次郎のその誠実な生き方、新聞配達を天職とし、ほんとうに『雨ニモマケズ』心をつくしたその姿に、宮沢賢治は彼をモデルにしたのではと言われるゆえんと考えている。
イースターを前にキリスト受難を考える期節のいま、クリスチャンの生き方を考えさせてもらっている。
斉藤宗次郎の記事も読んで下さい。
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| 2005年3月10日(木) |
| 今日の一日 |
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今日は一日予定がないので、母さんに付き合った。
昼は昭島のマナ自然食の店で玄米・胚芽米の自然食の定食を食べ、それから青梅のいつも梅干しを買っている「美よし園」で梅干しを買って、青梅梅郷の「梅まつり」で梅を見ようかと思った。がまだ少し早いようだ。
昼食がご飯だったので、夜はそばと言うことで、青梅から少し足をのばして、その先の御岳山のそばの「きむらや」行った。
「きむらや」は八戸の木村書店の二人姉妹でやっておられる店だ。しばらく小杉先生のことなど八戸の話をした。ここのそばは、階上村でとれたそばだ。
温泉に入って帰ろうということで、多摩テックのクア・ガーデンに行く。
ここのいいのは、何にもない大衆銭湯のような温泉だが、広々として浴槽からは、高台にあるので、日野市・八王子市が一望できる気持ちも開放される温泉だ。温泉につかった後は、休憩室で長いすに腰掛けて身体をゆったりと休めて帰る。あまり贅沢ではないがリラックスできるひとときです。
こんなあわただしいような、楽しんだような一日、めったにない一日を過ごした。
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| 2005年3月9日(水) |
| 今日も穏やかな一日 |
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昨日も暖かい一日であったが、今日も春うらら。でも明日から寒さがまた訪れると予報はいっている。
今日は、いのちの電話の委員会に行ったついでに武蔵国分寺公園を散歩する。お昼はおにぎりを持って公園でいただく。子ども連れのお母さんたちの一団もシートを敷いてお弁当を開いていた。
国分寺にはその境内に「万葉植物園」がある。小さな寺院に万葉の歌の立て札がぎっしり。
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| 2005年3月8日(火) |
| 春うらら |
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今日は本当にいい天気。まさに春うららと言うべき一日でした。
所用があって南浦和の連盟事務所に行ったが、少し早めに着いたので、「さいたま副都心駅」まで足をのばし、さいたまアリーナを周辺を久しぶりに散策してみようと思った。
さいたまアリーナの中に、「ジョン・レノン・ミュージアム」があるので、見てみようと思ったが運悪く休館日であった。残念。
でも、本当に暖かい一日で、駅周辺の子ども広場にはお母さんと子どもたち一杯で楽しそうであった。
テレビでは、伊豆の河津桜の中継があっていた。何度か天城山荘から天城越えで行ったことはあるが、桜の時期はないので一度行ってみたい、花見の場所である。
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| 2005年3月5日(土) |
| 元気で三月を迎えた |
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一日の早天祈祷会から新しい月が始まるのはいつもの通りだが、今月もあわただしそう。
木村花枝夫人が一日に98歳で天に召された。若いときからお世話になった夫人で、心から冥福を祈らせてもらった。
直子は中国に帰ったが、新しい部屋が前の半分で、キッチンなしと言うことで弱っていたが、寒さと湿気で参ったみたい。風邪も引いて変な声で電話をしてきた。
望からはマンハッタンで催された<ゲイト>というアートの写真を送ってくれた。発想とスケールが違うね。でもアート・芸術はいい。父さんも美術館巡りは好きだ。
水曜日に昭和記念公園に散歩に行ったが、まだ寒さで人もまばら。でも散歩にはいいコースだ。年間パスポートのおかげで気軽に出かけられるところがいい。
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| 2005年2月27日(日) |
| 讃美歌を34曲歌う |
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今日は礼拝後、品川教会で行われた「新生讃美歌を歌おう会」に参加して34曲の新生讃美歌を歌った。歌いながら案外僕は知っている讃美歌が多いなと思った。
終わってから日隈先生に夕食のごちそうになって、日隈先生、富田先生ご夫妻と昔話をしながら歓談して楽しい時を過ごし、帰ったのは10時を過ぎていた。
昨日は東京壮年連合の研修会で茗荷谷教会に、金曜日は西南の古澤先生から啓子先生の<オルガンの夕べ>が聖イグナチオ教会であるので来れたら、とのメールをもらって出かけた。澄んだきれいな音のオルガンだった。
いい数日間を過ごした。
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| 2005年2月22日(火) |
| ケズィック・コンベンションに参加 |
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今日は箱根小涌園で開催されている、第44回日本ケズィック・コンベンションに参加した。昨年は日帰りでの参加だったか、今回はホテルに一泊することにした。
やっぱり、しっかり聖書を読ませていただく集会で、言葉は悪いが勉強させてもらいました。
何事でも、充電すると言うことは大事なことだ。そしてそれは自家充電と言うことでは不十分だと思わさせられた。
食事の時、隣に座られた先生がバプテストの方が来てくれることはうれしいと言われたが、前にも聖書協会の総主事・渡部先生とそのことを話したことがあったが、聖書をもっとも大事にするバプテストが、ほんとうに聖書から聞くという姿勢に偏向があると言うことを思わずにはおれないいまの時です。
もっと虚心坦懐に、素直に聖書に聞く姿勢を大事にしたいと思わされている。
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| 2005年2月21日(月) |
| 直子広州へ |
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直子がまた中国へ旅立った。次に帰ってくるのは夏休みになる7月みたい。
今日は天気も良く、旅立ちにはいい日だったが、朝の5時起きはつらい。6時4分の電車に乗るためだ。
昨日は東京多摩いのちの電話相談員の全体会で午後の半日がつぶれたが、相談員の皆さんがいのちの電話の重要さを認識されていることは理解できた。
倫理の話題が上っていたが、これからの大切な問題だ。
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| 2005年2月16日(水) |
| 楽しく毎日を |
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最近、私は楽しく毎日を過ごさせていただいています。お金はないが心豊かで過ごさせてもらっています。きざな言い方だなと言うことは分かっています。
日曜日に山崎姉の息子さんのピアノ・ライブ・コンサートに行きました。心癒される音色のピアノでした。クラシックのピアノ・コンサートとは違って和ませてもらいました。
昨日は、少し緑の山でリラックスしようと多摩御陵に出かけました。行ってびっくり、表参道は杉並木。花粉症の元凶の中を歩きましたが、安全でした。まだ大丈夫な時期であったのかな。
帰ってきて、40数年昔の知人の楢原さんからの手紙をいただきました。もう昔の懐かしい人たちの名前がずらり。なんと言うことだろう。早速、返事を書きました。昔を懐かしむ年齢になったのかなと思うと少しさびしい気持ちにならないでもありません。
こんなことの連続で、私は世間で起こっている心を痛める出来事を思いながら、それでもこの年はきっと希望に満ちた一年を過ごさせていただくことができるのかなと期待させていただいています。
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| 2005年2月9日(水) |
| 中央大学で |
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今日はなんとなく疲れぎみだったので、少し緑の多いところへ行って目も休ませてやろうかと多摩動物公園に行く予定でモノレールに乗った。
ところが駅に着いたところで水曜日は休園というので降りずに、次の駅まで乗って中央大学に行った。大学に行くのは久しぶりだったが、思ったより緑が多く、疲れた目を少し休ませることができたかなと思っている。
昼食は大学の学食で食べたが、放送大学の多摩センターに行ったときは、小平の一橋大学構内なのでそこの学内生協カフェテリアで食事をするが、その差の大きさにびっくりした。
中央大学の学食が、だいたい大学の学食だろうなと思っていて、一橋大学のカフェテリアは別だろうと思う。でも最近の大学の学食はスマートになっていると聞くので、中央大学の学食が遅れているのかなと思わずにはおれなかった。
それにしても、これからの散歩のコースの一つに中央大学を入れようかと思っている。
何度も行きながら気がつかなかったが、世界最古の日時計のレプリカがあった。日時計と言っても馬鹿にしてはいけない。正確な時間を刻んでいるのには驚いた。
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| 2005年2月5日(土) |
| 日記って何 |
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日記って何。僕はこれまで日記を書き続けれたことがない。いつも三日坊主で終わってきた。
日常の出来事の羅列ではつまらないだろうと言うことが一番の動機。
2月に入っても、特に記録する出来事もない。
今日は、教会学校研修会で常盤台教会に朝から出かけていた。いい勉強をさせてもらってきた。
帰ってきてメールを見たら、望君がおもしろいものを作っていて見てくれと書いてあった。
愛実と未聖の写真をバックに「きみは愛されるために生まれた」の音楽が流れている動画だ。
楽しませてもらったが、愛実の写真が、望君のところに少ないせいもあるが、未聖ばかりでひがむかなと思った。
愛実の写真も、もっとアップする必要がある。平等にだね。
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| 2005年1月28日(金) |
| ニューヨークはマイナス12度 |
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望君からニューヨークは今日もマイナス12度とメールが来た。それに比べれば東京はまだマイナスになったことはないように思う。でも朝夕はかなり冷え込み、朝の庭は凍りついている。
昭和記念公園に散歩に行って見た春の兆しを知らせる花、福寿草が咲き始めていた。写真を撮る人たちがさっそく群がっていた。
早く春がほしい。でも中越地震の被害者の冬は大変だ。好意で温泉を開放していた旅館の風呂場の屋根が、積もった雪でつぶれて死者が出た。やりきれない。
ほんとうに年末の災害が修復されて、新しい年に希望が訪れることを心から願い祈る。
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| 2005年1月21日(金) |
| びっくり、おどろく |
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今日はとってもびっくりする、うれしい手紙をもらった。
八戸教会で出会い、信仰を持った藤田さんから手紙をもらったこと。
彼女は車いすの障害者ですが、まだ車いすの人が気軽に旅行できるようではない時代に、旅先に世話をしてくださる方をお願いして九州まで一人旅をし、この立川にも寄ってくれたことがありました。
その彼女が結婚して九州にいると言うことは聞きました。それでどうしているかなと心にかけていました。
でも連絡する方法が見つからないまま、どうしているかと気にはかけながら祈っていました。
それが突然、十数年ぶりに手紙をくれて八戸教会に行ってきた。いまは弘前福音教会に行っているとのことで、ほんとうに神さまがなさることの不思議と、守りを感謝しました。
このイエスと子どものタイプ・アートは藤田さんがかいたものです。神さまありがとう。
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| 2005年1月20日(木) |
| 望が帯状疱疹に |
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望がメールで帯状疱疹になったといってきた時はびっくりしてしまった。でも最近この病気の人が多い。皇太子妃の雅子さんもそれで未だに仕事が出来ないでいる。
ストレスが原因とか。望も米国での10年余の生活のストレスがたまった結果かなとも思っている。
早く癒されることを祈る。
昨日は愛実の誕生日。先にプレゼントを送ったが電話もした。いま歌っているからと電話はうるさいと言うことのようで、早々に切らされた。
楽しんでいるようで何よりだ。
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| 2005年1月14日(金) |
| アンパンマン・ショップ |
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もうすぐ愛実の誕生日なので、プレゼントにアンパンマン・グッズをプレゼントしようかと、四谷にあるやなせ・たかしの専門店に行った。
子どもたちには、こたえられない店です。お母さんに連れられた子どもたちが嬉々として遊んでいた。愛実や未聖たちを連れてきたらさぞかし喜ぶだろうなと思った。
いくつかのグッズを、プレゼントに買ったが、愛実だけとはいかないだろうと二人分買った。四月の未聖の誕生日の時はまた違ったグッズで、やっぱり二人分だろうな。
うわさによるとまた明日から寒くなり、雪が降るそうだ。寒暖の差がはげしく健康に留意することがたいへんだ。
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| 2005年1月12日(水) |
| 昭和記念公園を散歩 |
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今年になって初めて昭和記念公園を散歩した。それにしても今日の寒さは、冷たい北風とともに身を刺すようで、こんな日に散歩とは自分ながらあきれた。
でもこの寒さの中、たまり池には薄氷が張っていたが、子どもを遊びに連れてきているお母さんもあった。ほとんど人影まばらな公園でのお母さんたちの姿は印象的であった。
ほとんど草木の花は見えない。その中で公園職員の心遣いか、所々にパンジーがこの寒さの中けなげに咲いていた。
日本海側は大雪とか。山形新幹線も雪の影響を受けて運行中止ももあるとか。ようやく日本に冬将軍がやってきたとの感だが、新潟の地震被害者はたいへんだろうな。
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| 2005年1月11日(火) |
| パソコンはたいへん |
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新年になって、新たな気持ちで始めたプログ風の日記が、途中で更新しなくてはならなくなった。
何度、画像をアップしようと思ってもエラーになるので、いろいろと調べたら、どうもWEB容量が満杯になった結果のようだったので、不要になったものを削除しようとして必要なものまで削除してしまい、おまけにバックアップは12月14日以後していなくてお手上げ。
写真集も、年末年始に作成したものは喪失してしまったので、新しく簡潔に再度アップすることとした。
正月の下田プリンス・ホテルでの楽しかった旅行の写真もアップします。
油断大敵。年の初めにしっかりと教えてもらった。
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