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2005年12月25日(日)
12月25日

今年も最後の日曜日。そしてクリスマス。この一年あったいろいろのことを思い出しながら、新しい年を迎え、本当に感謝な年が迎えられるようにと祈ってます。
母さんが今年最後の写真を撮っておきたいとの希望で撮った写真です。ホーム・ページの家族の写真の入れ替えに結婚記念日の写真と思っていましたが、
これに変えました。これから先どうなることなのか。

2005年12月22日(木)
クリスマス

クリスマスがやってきました。一番楽しいときですが、一番あわただしいときです。でもこれまでで一番集会が少ない年かな。幼稚園のクリスマスがなくなり、教会学校の子どもたちのクリスマス祝会もなくなり、公式にはクリスマスイブ・キャンドルサービスとクリスマス感謝礼拝の二つだけです。
いつもイブに行っていた「グレゴリオの家」のイブ・ミサは、明くる日が25日の日曜日だからちょっと遠慮しようと思っている。
この前、昭和記念公園の新しい「文化ゾーン」に行った話を書いたが、そこに飾られたクリスマス・イルミネーションを母さんと見に行った。やっぱり見応えはあった。
写真は毎年飾られる、昭和記念公園のクリスマス飾りの目玉、ワイングラスのクリスマス・ツリーです。四色に変わります。

ところで、昨年まで高島屋に飾ってあったクリスマスの飾りは今年は何もなし。その通りもクリスマスの飾りは何もなし。何があったのかなとかえって考えさせられてしまった。
アメリカでは、その宗教色が他民族社会であるために、考慮が払われるようになったと言うことですが、それでいいのだろうかと考えさせられた。
クリスチャンは、このクリスマスをほんとうにチャンスにして神さまの愛を大いに語りたいと思っています。

2005年12月14日(水)
久しぶりで

しばらく日記を書くことが出来なかった。ほんとうに様々な出来事がこの間に起こったが、クリスマスです。健康でクリスマスが迎えることが出来、これまでのことを少し記録しておこうと思い起こした。
写真集も更新するほどの写真も集まっていないので、しばらく更新していない。
11月は16日から3日間、天城山荘で、日本バプテスト連盟の年次総会が行われ、それに参加していたこと。また23日の
東京地方連合の「連合のつどい2005」の準備で少し忙しくしてきたこと。「連合のつどい」は楽しい集まりだった。自分がというつもりはなかったが、結局、そういうことで準備に翻弄された11月の後半であった。それに加えて「いのちの電話」の法人化に向けた資料等の準備であわただしく過ごしたが、あまり満足する結果にはならず、少しがっかりしている。
それやこれやで、日記を書く気分にはならなかった。

そんな中で、気分転換に先日やっと多摩センターのクリスマス・イルミネーションを見に行ってきた。キティーちゃんの30周年とかで少しはり込んでいたかな。
でもそれよりも、今日、昭和記念公園に行って、その変わり様は目を見張った。
新しく文化ゾーンが出来、昭和記念公園はモノレールのところからすぐに新しい入り口が出来たが、それがほんとうにすばらしいゾーンになっていて、そのゾーンだけで、有料のゾーンに行かなくても満足して帰れそう。
今はそのふれあい広場が、サファリ・パークになっている。
今はクリスマスの飾り付けがしてあるので、今度は夜に行ってみようと思っている。

2005年11月9日(水)
土浦はいいところ

母さんが、剛君のところへ行きたい行きたいと言ってうるさかった。
剛君も帰りが遅いので、なかなか都合のいい時間が出来なくていたが、母さんが強引に11月3日に泊まりがけで行くといって、
剛君も祝日だしと言って了解してくれてはいたが、とにかく出かけていった。
やはり、ゴルフの予定が入っていて、剛君のアパートに行ったのは3日の夕方、でも母さんは剛君のアパートを見てやっと安心したようでよかった。
前日から行って、剛君のアパートがある阿見町の近くにある土浦総合運動公園の中にある国民宿舎「水郷」に泊まった。
少し古い国民宿舎では会ったが、場所がいい。霞ヶ浦の湖のそばで、周りはのどかな田園風景といってもレンコン畑。
7日には未聖と愛実に会いたいと湘南台の守の家に行った。
楽しい一日を過ごした。
母さんは剛君にあって、未聖・愛実にあって満足の様子。
しばらくはうるさく言われなくてすみそう。

2005年10月20日(木)
日記は三日坊主か

日記をつけると言うことは、元々苦手でした。ホームページを開設したときも、そのことは十分に承知のことでした。
情報を発信しようと言うことで始めたので、更新が一番の問題でした。でもこれまで続けられたことは奇跡かも。
一ヶ月書き込みがないということは、何もなかったと言うことではなく、書き込みするゆとりが自分にはなかったということ。
出来事が次から次に起こって、処理に忙殺していたからと言うことになる。
日野神明伝道所には、新しい牧師を迎える手配が整った。でもこれからが大変で、どのように支援をすることが出来るか一苦労。
11月23日の「東京連合のつどい」もやっと体裁が整って、昨日、案内状の発送が出来た。たくさんの参加者が与えられるために、これからの働きが大事になる。
東京多摩いのちの電話の法人化の問題は、まだまだ前途多難。
まだまだゆっくりと日記を書くゆとりはないのかな。でも日記ってそんな思いの記録なのかも知れないが。
10月の一日は「都民の日」で多摩動物公園が無料開放だということを知って,動物園に行った。さすが無料だということ、休日になっているので動物園は親子ずれでいっぱいであった。
でも、多摩動物公園は山登りの動物園で、とうとう目的のオランウータンの綱渡りを見るところまでは行けなかった。次の機会に残して帰った。でも大変な運動をさせてもらった。
月曜日は母さんの病院で、帰りに品川のエプソン水族館にいってゆっくり「ニモ」などの魚を見、イルカのショーでいやされて帰ってきた。
秋です。少し時間を見つけて紅葉狩りにでも行こうかと思っている。

2005年9月24日(土)
ムツゴロウ動物王国へ

昨日は祭日で、母さんが「ムツゴロウどうぶつ王国」へ行きたいと言ったので出かけた。
祭日と言うこともあったが、どうゆうわけか道路がえらく混んでいた。秋川のサマーランドのそばなので、時間はかからないと思って出かけたのだが、えらい難儀した。
山の斜面に広がった「ムツゴロウ」は、北海道から引っ越ししてきて、狭いだろうなと思ったが、あんがい自然の中でゆったりとした感じでした。「どうぶつ王国」と言うが、動物は犬と猫と馬だけと言っていい。動物とのふれあいが、ムツゴロウさんの意図だろうなと思った。その点で言えば最近はやりのなごみの場所かも知れない。
母さんは、未聖や愛実たちが来たときにどうだろうかとの思いで下見のつもりだったが、遊具などはなく、主にたくさんの犬とのふれあいの「どうぶつ王国」と言うことで、違った自然の中での開放感と、直接、犬や猫とふれあいが出来て、心のなごみの出来る、ほんとうにあっさりした施設で、少し物足りないかなとも思ったが、たくさんの子供たちが来ていて、結構楽しんでいた。
何もない、走り回って、ワンちゃんとふれ合うだけ。でも楽しく過ごせる場所でした。

2005年9月16日(金)
昭和記念公園のコスモス

久しぶりに昭和記念公園に行った。コスモス祭りが始まったが、コスモスの丘はまだ花が咲き始めたばかりだったが、コスモスの花の可憐さは変わらない。
今年の夏もそろそろ終わりに近づいたかな、と思わせられる昨日、今日である。
収穫の秋になった。教会もそうであることを心から祈っているが、人の霊魂の収穫はそうはいかない。
今年の特伝が、立川教会はもちろん、日野神明伝道所に祝福をと祈っている。
今度の日曜日には僕のスタイルではないが、日野神明伝道所の牧師招聘の勧めをする。
そして今は、僕が抱えている問題が、無事に解決されることを心から祈っている。日野神明伝道所の牧師招聘の問題。東京地方連合の活性化の問題。東京多摩いのちの電話の法人化の問題。教会の大切なご用の他に、少し問題を抱えすぎているかなとは思っている。

2005年8月31日(水)
やっと終わった8月

今年の8月はこれまでにもない、忙しい8月であった。充実した8月であったと言うべきかも知れない。
望がニューヨークから帰ってき、直子が広州から帰ってきて、さらに守の一家がやってきて、ほんとうに楽しい8月であったことは感謝でした。昨日、直子が広州に帰って、8月が終わった。
立川での教会のご用も23年になった。牧師になって48年。半分近くが立川でのご用と言うことになる。
そうゆう意味では、様々なことがあった23年でしたが、剛が一緒でなかったことは残念だが、これからもみんなが顔をあわせることが出来るこんな一年があるかどうか分からないと考えると、感謝の他なく、疲れたなどとは言っておれない。
出来るだけ健康で、まだまだ働きが出来るように神さまに祈っている。
昨日も、東京地方連合の役員会があったが、話題は教会がどのようして活性化されるかと言うことであった。
退廃した世間でも、宗教の必要なことは承知していながら、今と自分から抜けられない現実。そこで教会がどんな方向を示すことが出来るか、今の僕に出来るだろうか問われながら、それが仕事だろうと言われている。

2005年8月8日(月)
いそがしい8月の始まり

8月は7月31日に望がニューヨークから7年ぶりの帰国、直子が中国から半年ぶりの帰国で夜遅く立川に着いたが、直ぐに1日には4人で福岡へと本当にあわただしく、忙しく始まった。
こんな夏休みははじめて。
福岡には夕方について、レンタカーを借りておばあちゃんの金山団地に直行。夜は6畳の間に親子4人でお泊まり会。
2日は黒崎に古賀のおじいちゃん、おばあちゃんのお寺参り。午後は宏二さんと陽子さんたちと総勢10人で一緒に昼食で歓談をして福岡に帰る。
福岡の交通渋滞のひどさは、東京で慣れていたつもりだが参った。
地方の信号待ちの時間は少し長く感jられるのはなぜだろう。

夕食は信行が呼んでくれたので、高宮の居酒屋でみんなで楽しい時を過ごさせてもらった。
そのとき、望や直子には興味深い、大川家のルーツについていろいろと話をしてくれた。
3日は福岡・地行の吉祥寺におじいちゃんの墓参り。そして夕方の飛行機で立川に帰ってきた。
5日には、望が守の家を見たいと言うことで藤沢に行くことにした。真由美さんも未聖も愛実も喜んでくれてよかった。
望の友人のジムも一緒に来て、鎌倉に回って帰ることにした。

しかし車の渋滞は思いの他で、鎌倉大仏は門が閉まっていて見ることが出来なかったが、鶴岡八幡宮はライトアップされた中で見ることが出来たのは幸いであった。
それにしても、夏休みの関係があるかもしれないが、車の渋滞には閉口する。
8時間くらいのドライブの一日であった。
これが8月最初の一週間。

2005年7月20日(水)
久しぶりに未聖たちに

「海の記念日」に久しぶりに未聖たちに会って楽しい時を過ごした。
「海の記念日」は本当は今日20日だが、連休を増やしたい輩の策略で、7月第3月曜日ということになってしまって風情がなくなった。
20日は剛君の誕生日でもある。44歳ということになったのかな。
未聖、愛実と一緒に、藤沢市少年の森で、アスレチックをしてきた。未聖も愛実も女の子なのに、恐れることもなく高いところにも上ったり、滑ったり、元気がいいのはなによりだ。
食が細いというのか、あまりたくさん食べてくれないのでおばあちゃんとしては、少し寂しいようだ。
未聖と愛実が健やかに育っていることはなによりだ。8月には望と直子が帰ってくるが、みんなが一緒に会えることを楽しみにしている。

2005年6月27日(月)
水族館へ

母さんの用で東京に出た帰りに、剛君の部屋の掃除に行っていたのが、剛君が茨城に引っ越しして、行く必要がなくなったのでこれからどうしようと考えていた.。そこで今日は、品川プリンスホテルに出来た水族館に行くことにした。
評判になっていたので、どうかと思っていたが、確かに人は多かったが並んで入ると言うほどではなかったのでほっとした。
そんなにスペースがある水族館ではないので、魚も多くいるわけではないが、品川という場所柄の癒し系の魚たちで、他の水族館とはちがう楽しみを見つけた。
いるかのショウーは、屋内プールであるのと円形で、まとまったプールで、いるかたちのパフォーマンスもゆっくり楽しませてもらった。
また行ってようかなと母さんと話した。

2005年6月26日(日)
剛も引っ越し

剛君が自由ヶ丘から引っ越しをすることになり、昨日荷物を運んだと聞いた。
いろいろ考えて、地震やら災害対策を考えて引っ越しを決めたそうで、行き先は茨城県阿見町のアパート。土浦、霞ヶ浦の近くのようですが、決して田舎に引っ越したと言うことではないらしい。
会社には1時間半くらいかけて電車で通勤するらしい。でも休日はゴルフ三昧が出来るようだし、多分空気もいいだろうから、自由ヶ丘よりは気持ちよい生活が出来るのだろうと思っている。
落ち着いたら訪ねさせてもらおうと思っている。
それにしても自由ヶ丘の生活は長かった。
僕たちは、教会の牧師館暮らしで、広い空間で生活をしてきた。ただ牧師をやめれば引っ越しをしなければならないが、八戸で20年、この立川で22年と住み、転勤族みたいな生活はしてきてなく、根を下ろしたような生活をしてきたので、これからが大変だと思っている。
今から都営住宅でもと申し込みはしているが、神さまはどのような道を備えていて下さるかまだ見えないでいる。
でも、剛君の引っ越しは大歓迎。

2005年6月19日(日)
今日は記念日

今日はしっかりと覚えてもらわねばならない記念日です。
その第一は「父の日」です。教会の礼拝でも「父の日」を覚えてもらいました。「母の日」があって「父の日」がないのはおかしいと言うことで始まった「父の日」ですが。私は父親の存在が忘れられていると言うよりも、なくてならない存在であるために、ことさら思い出していただけなかったと善意に理解して「父の日」を喜んで言わさせていただいています。
今日はまた直子の誕生日です。中国での誕生日はどうであったかなと思っていますが、よい成長の一日であったことを心から祈っています。
そしてもっとも大切な今日の記念日が、私たちの結婚記念日だと言うことです。45年目です。長かったね。でもまだ続くのかなと思っています。
神さまはこれまで大変でしたが、今日を迎えさせていただいたことは感謝しなければならないことだと思っています。
今のありのままの写真です。記念日だからもっとと言われるかも知れません。二人でジョナサンで野菜炒めの食事で祝ってきました。貧乏くさいと言わないで下さい。
ただみんなに感謝です。

2005年6月1日(水)
もう6月

今年も6月になってしまった。昨日、久しぶりに昭和記念公園に歩きに行った。雨上がりだったので人は少なかったが、若葉の中を気持ちよく過ごしました。
ポピーがきれいでしたが、遠くから見ると赤い絨毯の様できれいに見えましたが、近寄ると少し違う。一本一本もきれいな花だけど、全体で見る方が感動するような感じ。
望君から、ようやく帰国の便が確定したとのメールをもらった。夏休みは人の往来が激しく、予定が立てにくいが、無事、望君は予定表通りの行動が出来るようで何よりだ。今年の夏の暑さはどうかな。
まだ、なにかにとやることがあって、元気でいなければと思っています。もうたいがいで引退というわけにはいかないようだ。自分でそうしている面も多分にあるが、でも、やることが無くなったらどうなるのだろうか。考えてもいないが、大変だろうな。

2005年5月12日(木)
誕生日を感謝

今日は僕の72歳の誕生日。これまでの歩みを感謝。しばらく忙しくて、日記もしばらく書くゆとりがなかった。29日の祭日に「東京地方連合の総会」があって、未聖、愛実たちが連休に来て、楽しい時を過ごさせてもらったが、その後に三日間の浦和での会議に出かけていささか疲れた。
今日は誕生日と言うこともあって、少し休ませてもらおうと「クア・ガーデン」の温泉にいって少し体を休ませてもらった。
未聖たちも元気で本当に成長してきたことは感謝のほかない。守にも真由美さんにも感謝。
ジブリ美術館は未聖の健康が優れず、どれだけ彼らが楽しんでくれたかはわからないが、昭和記念公園では楽しい時を過ごさせてもらった。
この夏には、望が久しぶりに帰国すると言ってきた。直子も帰ってくるのでにぎやかになるのかな。それにしても、うちの家族はどうなっているのだろうな。

2005年4月21日(木)
チュリップ・ガーデン

今日は本当にいい天気で、母さんが昭和記念公園にチューリップを見に行きたいと言ったので、弁当におにぎりを持って出かけた。
僕は一度行っていたが、見事な花畑で、また楽しませてもらった。桜は一週間前は、少し満開を過ぎようかとしていたがまだきれいだった。でも今日はすべてが葉桜になっていた。桜のいのちは本当に短い。
それにしても中国の反日デモの後遺症は当分続きそうだし、みんなから直子さんどうしていると電話がかかってきて大変だ。
話し合いが出来ればいいのだが、要求だけでは解決の糸口すらつかめない。そのことで教えられることがたくさんある。
福岡のおばあちゃんと電話したが、二度目の福岡の地震、やっぱり戸棚の中はがたがたで、戸をあけるのが怖いと言っていた。
啓介も信之も、英子のところも中央区に近いのでガタガタだと言っていた。おばあちゃんも生まれて初めての地震だと言っていたが、本当に地震を経験したことがない福岡の人にとっては大変だっただろうなと思う。

2005年4月15日(金)
昭和記念公園に桜見

この前、高尾に桜を見に行ったときはまだ咲き始めで、一週間くらい後かなと言っていたが、どうしてその明くる日、あまりにも暖かくなってあちこちの桜があったいう間に満開になってしまった。
すぐ近くの根川の桜が満開になたというので見に行こうと思ったが、次の日に雨が降ったりして、散り始めた。それが桜というもの。
そこで、昭和記念公園の桜を見に行くことにした。今日はほんとうに天候がよく、暖かく、昭和記念公園は桜見と、チューリップ庭園のチューリップを見ようと沢山の人たちが来ていた。
僕もおにぎりを持っていって、花見しながらお弁当を食べた。こんな悠長な時も長続きせず、すぐに忙しい毎日が戻ってくるのだろうな。
直子の中国もどうゆうことになるのだろうかな。気にしている。
昭和記念公園の桜とチューリップの写真は、写真集にしばらくアップすることにしようと思っているので楽しみに。

2005年4月11日(月)
中国での反日でも

昨日の中国で起きた反日デモはひどい。僕はたしかに保守的な思想の持ち主ではあるが、それでも中国のやり方はあまりにも内政干渉的と言わざるを得ない。
第二次大戦中の日本軍の行為は、弁解の余地がないことは言うまでもない。しかし、真実をお互いに見つめ合うことのは大事なことだと思う。
人を思いやることの大事さは言うまでもないが、それはお互いがそうであって初めていえることで、非難の対象とすることではないと思っている。
中国と韓国との関係は、日本の反省では収まりはつかない出来事だと思っている。不遜な言い方かも知れないが、彼らを勝利者とするまで終わることはないだろうと思っている
直子からも心配しているだろうからと電話があった。土・日は外出しないようにするといっていたが、日曜日は友だちの車で外出したようだ。外は警察の車で物々しい警戒だと言っていた。
何がこうなるのだろうか

2005年4月7日(木)
多摩森林科学園

今日はほんとうに暖かい一日だった。母さんが今日は何もないからどこかに行きたいと言うことで、まだ桜の花見には早いかと思ったが、桜保存林があって、数十種類の桜があるという、高尾の多摩森林科学園に行った。
やはりほとんどの桜が咲き始めか、つぼみだったが、期待して多くの人たちが来ていた。満開は一週間後くらいかなと思っている。それでも十分に花見をさせてくれた桜もあった。
日本人にはやはり桜の花はなくてはならない花だ。
世間の心を痛めるニュースの多いときには、心を慰めてくれるものが必要だ。
品川プリンス・ホテルに新しいスタイルの水族館が出来たそうだが、ぜひ近いうちに行きたいと思っている。なぜか水族館で泳いでいる魚を見ていると、ほんとうに慰められ、心の安らぎを与えられる。
自分で水槽で魚を飼いたいが何度も死なせているので、今ひとつ踏みきれないでいるが、水族館はいい。

2005年4月6日(水)

昨日、未聖・愛実に久しぶりにあった。愛実はひとまわり成長したという感じ。言葉が思ったより豊富になっていたのにはびっくりした。
未聖の誕生日プレゼントにアンパンマンの「抱きまくら」をあげた。愛実にも同じものを用意した。幼稚園時代はキャラクターグッズで行くのが最良かな。
ほんとうにいい天候に恵まれたので、一緒に湘南台公園に遊びに行って、ブランコなど楽しい時を過ごした。
もうそろそろ桜の開花も進み、花見のシーズンになるのかなと楽しみにしている